岐阜県安八郡神戸町(ごうどちょう)
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日比野五鳳

日比野五鳳物語

1.母との思い出
日比野五鳳は明治34年2月、父信也、母だいの長男として生まれた。
生まれて間もなく母を亡くしたため、母に抱かれた写真は1枚しか残っていないが、この写真を見ると月琴をひいていた母の美しい横顔などを思い出したという。
祖父母のもとに引き取られ、乳母によって育てられた五鳳。小学校1.2年の頃にはすでに、祖父に字を書いては見せていた。

2.25歳のとき京都へ
本格的に書の世界に入ろうと決心した五鳳は25歳(大正15年)の時、京都で教職に就いていた大垣商業時代の友人から紹介を受け、精華女学校の助教諭として京都に向かった。

3.書の研究に専念
昭和23年3月、五鳳47歳の時に教職を退き書の研究に専念し、次々と作品を発表していった。
墨八十九号(芸術新聞社)の中で日比野五鳳が特集されている。その中の『五鳳の書「十選」』の中に、神戸町日比野五鳳記念美術館に収蔵されている「モモ栗」「落花」「奈良七重」の3点が紹介されている。

4.母校に残る未公開作品
五鳳が少年期を過ごした岐阜県神戸町立南平野小学校には、70歳の時寄贈した書が誇らしげに飾られている。

5.岐阜のタニシ
自らを「岐阜のタニシ」と称し、素朴・実質を重んじた日比野五鳳。
遺された筆や硯に限らず、生き方そのものが清貧であったといわれる。
彼の筆から生まれた数々の名作の数々は神戸町日比野五鳳記念美術館に収蔵され、春と秋に開かれる展示会で鑑賞することができる。


年譜

年号 略歴
明治
34年 2月20日生まれ
大正
2年 岐阜県神戸町南平野小学校尋常科六年卒業
8年 岐阜大垣中学卒 大野百練に師事し漢字書を学ぶ
10年 大垣商業学校教諭心得就任 独学にて仮名書研究
昭和
元年 京都精華高等女学校教諭就任
2年 文検合格
3年 京都府女子師範学校・桃山高女教諭
9年 三楽書道会審査員就任
13年 京都府立女子専門学校講師就任
16年 毎日新聞主催女流書道展審査員就任
23年 教職を退き、一般門人の指導にあたる
26年 日本書芸院理事審査員 日展に第五科創設され出品
28年 日展出品作「浦島」特選 毎日展審査員就任
30年 京展に書道科創設・審査員就任 日展依嘱
31年 日展出品作「かはづ」政府買上
32年 日展審査員就任・四五・四七年度主任
33年 朝日新聞社主催第一回現代書道二十人展出品
36年 同展第二回出品作「山鳩」東博収蔵
37年 サンパウロ・ビエンナーレ展出品
日展評議員外務省・朝日新聞社共催米英巡回展に出品
38年 日展作「梅」文部大臣賞受賞
39年 ドイツ巡回展に出品 水穂会々長就任
40年 京都書作家協会々長就任
39年度日展作「清水」日本芸術院賞受賞 日本芸術院買上
43年 日展作「うぐひす」京都市美術館収蔵
44年 京都市美術館評議員就任・今日に至る
45年 日展常務理事就任 四三年日展「ひよこ」東博収蔵
46年 「あふさかの関」都美買上 毎日主催パリー展出品
神戸町名誉町民 古稀記念展を東京三越で開催
47年 四五年度日展作「あすかかは」広島県美収蔵
48年 天皇・皇后両陛下日展行幸御案内御説明
日本書芸院相談役顧問 毎日書道展名誉会員
49年 京都市文化功労者として顕彰を受く
50年 全日本書連顧問 御製・皇后御歌各百首謹書献上
52年 京都府美術工芸功労者として顕彰を受く
日本芸術院会員 日本書芸院名誉顧問 作品「こどもをおもふ歌」 日本赤十字社収蔵
53年 日展顧問 京都書作家協会名誉会長 水穂会出品作「いろは歌」東博収蔵 今上陛下御製献上 宮中参内・書についての御下問に答う
54年 勲三等瑞宝賞 万葉百首揮毫出版(講談社)
55年 朝日新聞社主催傘寿記念展を東京三越・京都高島屋で開催
岐阜県神戸町へ代表的作品五十点寄贈
日本かな書道会顧問「荒城の月」「一松」大垣市文化会館収蔵
「山のは」日展役員展作「初日」 岐阜県美術館収蔵
56年 「古池」六曲屏風・岐阜県神戸町へ寄贈「荒城の月」
京都府総合資料館収蔵 紺綬褒章二回と木杯を受く
58年 国の文化功労者として顕彰を受く
59年 読売書法会顧問 岐阜県神戸町に町立五鳳記念美術館完成開館 代表的作品五十一点神戸町へ寄贈
1月27日没 正四位勲二等瑞宝章
60年 岐阜県神戸町立五鳳記念美術館へ代表的作品48点寄贈
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